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JOURNAL#005
もしもを感じる時

2021.07.06

「今はまだファッションを語らず」

格好いいファッションのことは デザイナーやコーディネーターの先生方にお任せして

ここでは 横道に逸れたりしながら、自由気ままにコラムのようなものを展開して行きます。

1980年 渋谷・原宿・ファッション・音楽

バイト代が入ると 仲間と買い物に出掛けた。

買い物のルートは決まっていて、渋谷からファイヤー通りを目指し「文化屋雑貨店」へ。

その後、明治通りをブラブラと歩き、「DEPS」によって、竹下通りにある「赤富士」に行く。

最後は「シカゴ」に行って 買い物を終える。

ラフォーレ対面、原宿セントラルパークの1階にある「レオン」で

ナポリタンとアイスコーヒーを注文する。

「この迷彩パンツ ピタピタに細くして、ロボットのブーツ履いたらカッコイイよな?」

友達が言う「それに ヘインズとかDVDのTシャツ着たら ジョー・ストラマー みたいだ」

1980年12月9日 僕らは いつものように渋谷で待ち合わせをした。

皆の第一声は分かっていた。

「ジョン・レノン・・・・死んじゃったな」

12月8日 日本時間12時過ぎ ジョンレノンが死んだ。

僕らは ジョンレノンが生涯最後のコンサートで着ていたミリタリーシャツを探しに

渋谷にあるミリタリーショップに行き、それを見つけ購入した。

そんな訳で、M.I.D.A.コレクションのミリタリーシャツを

僕は「Lennon」と呼んでいる。

買ったばかりのミリタリーシャツをセーターの上に羽織って

いつものように 文化屋雑貨店→DEPS→赤富士→シカゴ を廻った。

皆、いつもより口数が少なかった。

毎年、クリスマスになると「ハッピー・クリスマス(WAR IS OVER)」が流れ、

どこかの国で内乱や戦争が起きると「イマジン」が流れる。

Lennonは本当に音楽で世界平和を実現できると思っていた。

もし、生きていたら 実現できたのかも知れないと僕も思う。

もし Lennon が 北朝鮮で イマジン を唄ったら、現状は変わっていたはずだろう。